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【奥の細道】 脚本No.16 教秀 作

(貞享4年1687年8月14日 44歳 鹿島神宮詣と根本寺)

曽良『わたしは吉川惟足(これたり)先生に師事し、神道を学んでまいりましたので、神社のことは詳しいので、よろしく。』

宗波『わたしは、禅宗で修行したので、仏教のことはお任せあれ。』

芭蕉『今回の鹿島詣でと根本寺の仏頂禅師との再会を考えると、ワクワク心が高まりますわい。おふたりとも、力をかしてくだされや。』

曽良『そこで、わたしの今回の旅の案なのですが、六軒堀から小名木川経由で行徳へ、そして(千葉県)市川市八幡にゆき、(千葉県)鎌ヶ谷市から我孫子市布佐へ入ります。最後に、利根川船で鹿島上陸を目指す行程がよろしいのではないかと存じます。』

芭蕉『よし、その行程で決まりですね。』

(根本寺にて)

仏頂禅師『お三方とも、よう参られた。もうわしは隠居の身の上です。芭蕉どのお手紙をいただき、月見を楽しみにしておりましたが、あいにくの天気が続いており、それも叶いませんで、なんとも致し方ありませんなあ。』

芭蕉『和尚さまにお目にかかれただけでも、この上ない幸せであります。』

仏頂禅師『では、中へどうぞ。』

(仏頂を囲んで)

仏頂禅師『前もって、蛙合の本を送っていただき、恐縮でした。全て拝読しました。第一に古池やの句を詠み、衝撃を受けました。音により、侘しさを表現する芭蕉どのの感性のすごさに恐れ入り申した。』

芭蕉『ひとつのテーマで、皆が知恵を出し合い、切磋琢磨する句会を世に問うて見たかったのです。それで、あの句の推敲には、半年以上の歳月を費やしました。』

仏頂禅師『以前読ませていただいた野ざらし紀行では、まるで、芭蕉どのが西行どの生まれ変わりのような感じを受けました。ただ芭蕉どのの場合、紀行文と俳句を合わせながら、誰にでもわかりやすく旅先での情感を伝えようとされておることに、独自性があり、感心いたしております。』

芭蕉『今回、こちらの曽良と宗波を伴い、鹿島詣でを実現できました。さらに和尚に再会できて、今生の喜びにございます。』

仏頂禅師『わたしは、現在、以前のものは全て後輩に任せ、無の境地の生活にどっぷりつかっております。まさに無為自然です。』

芭蕉『わたくしは、その境地を俳諧で実現できないかと、日々苦慮しております。』

「月はやし梢(こずえ)は雨を持ちながら」

「をりをりにかはらぬ空の月かげも      ちヾのながめは雲のまにまに」仏頂和尚 「月はやし梢(こずえ)は雨を持ちながら」芭蕉 「雨に寝て竹起(たけおき)かへるつきみかな」曽良 「月さびし堂の軒端(のきば)の雨しづく」宗波

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